Valeが大好き☆な私の日常ですw


by noctiluca13
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フェルメール展には

 やっぱり「真珠の耳飾の少女」は出てないんだなぁ↓

 フェルメール展やるってのを知ってから、
 アレが追加されるかどうかがすごく気になって、
 ずぅっと「もしかしたら」って期待を捨てきれずにいたけど、
 結局出展されなかった。

 まぁ、仕方ないよね。
 7点も集まっただけすごいよ。

 だけどまぁ、
 行かないなぁ私は。

 画家が好きなのか、
 ある画家のある作品が好きなのか、
 それは大きな違いだと思う。
 高名な画家の作品だろうと、
 その全てが等しく素晴しいとは私は思わないし、
 ものすごく魅了される作品とそうじゃないのとは別れる。

 絵だけじゃなく、
 音楽も、本も、服も、映画も、建物も、陶芸品も、
 人の作品に関してはそういうものだと思う。
 だから私にはブランド至上主義みたいな人は理解できない。
 もちろん全体通してクオリティーが高いとか、
 自分のライフスタイルに合ってるとか、
 そういう時もあるけれど、
 一つの作者の作品が100あったら100全部が完璧にハマるとは、
 私は思えないんだよね。
 100ハマっちゃうとしたら、
 自分の価値基準が劣化してるんじゃないかな。

 画家の中ではディマシオが一番好きだし、
 小さい頃に出会ったからすごく影響を受けたけれど、
 でも彼の作品にしたって全部に等しく魅了されるわけじゃない。
 数ある作品群の中で、
 きっと私が息を飲んで見つめ、
 恋に落ちるのは数点。
 まぁ、あまりに作品の数が多くて全部なんて見れるわけないんだけど・・・、 
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# by noctiluca13 | 2008-08-03 17:38 | art

爪を噛む

 癖は元々なくて、
 私は幼稚園生くらい小さい頃も爪を噛む事はなかった。
 逆に小学校半ばくらいからか、
 爪を長く伸ばすのが好きになって、
 先生にしかられても頑として譲らず、
 最長で1cmくらい伸ばしてた気がするw

 だから、
 10代後半に入ってから爪を噛むようになったのは、
 確実にある人の影響なんだけど、
 噛むとは言っても噛み切ってしまう事はないから、
 相変わらず私の爪はにょき②伸びる。
 でも爪自体が元々薄いから、
 気をつけていないとすぐにかけてしまうのが難点。

 爪を噛むって行為に関して、
 一体どんな意味があるのかなぁとか、
 時々考えてみるんだけど、
 小さな子供はおしゃぶりの延長なんだろうと思う。
 でも大人が爪を噛む時って、
 癖ってだけじゃなくて、
 ストレスの表れな気がするんだよね。
 実際自分が爪を噛む時にはイラ②してたり、
 何かが不安だったりするからなんとなく。

 だから、
 確かめた事はないけれど、
 私が爪を噛むきっかけになったその人に、
 本当は「どうして?」って聞いてみたい。
 ・・・違うな、
 それよりはもっと単純に、
 「大丈夫?」って聞きたくなるんだ。
 爪を噛む姿を見ると、

 まぁ、単純に癖なだけかもだけどさ、 
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# by noctiluca13 | 2008-08-03 17:17 | 日常
 最近暑さのせいもあるんだろうけど、
 長時間立っていられない。

 元々、起立性低血圧な私は、
 普通の人より立ちくらみやめまいを頻繁に起こすけど、
 最近は立ち上がる度に目の前が真っ白になって、
 ましな時でもへなへなとしゃがんでしまう。
 ひどいと膝かっくん状態・・・↓
 そしてひどく頭痛がする。

 家の中でも、
 ちょっと買い物に出かけた時でも、
 一度座ったら、
 本当に意識的にゆっくり立たないと危ない、
 血圧を上げる薬を持っているんだけど、
 それを飲むと、
 普段より血行が良くなるせいなんだか、
 飲んでいない時より体が少し温かくなる。
 冬なら大歓迎だけど、
 夏のこの連日猛暑の今、
 そりゃぁちょっと拷問だわ、
 って事で薬はとりあえず飲んでない。
 でもゆっくり立ち上がるっていうのは意外と難しくて、
 立ち上がっては目の前が真っ白になっての繰り返し。

 ついでに長時間立ち続けているのも最近は辛い。
 なんかすげー不健康そう自分orz
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# by noctiluca13 | 2008-07-31 02:17 | 日常

自己:sexuality

 友達にはたまに「ど○態」とか言われます。
 過去に関係のあった男にも言われた事があるw

 そうですね、
 倒錯趣味がある事は確かだと自覚してます。
 人より多少サドっ気が強い事も、
 ついでに言うなら腐女子です。
 でも別に良いじゃんか。

 って、
 自分に対して言えるようになったのは実は結構最近。
 腐女子化したのは小学校高学年だから、
 かなり昔からそこに関しては別に、
 でも実際に体で男を知ってから、
 自分の快楽の行方が「大多数」のそれとはズレてるって、
 徐々に自覚して、
 正直ねぇ、友達との猥談で軽口叩いても、
 内側では悩んでる部分のが大きかった。

 だって、世間一般の「普通」じゃ何も気持ちよくないんだもん。
 相手の上手い下手の問題とか、
 愛情とか関係なしに、
 経験が増えるといっそう違和感が増して、
 一時期は「男がダメなのか?」とも考えたことあるんだよね、
 でも恋愛感情を抱く相手は必ず男だったから、
 少なくとも同性にいきたいわけじゃないんだとは思って、
 じゃぁ一体何が引っかかるのかを考えたら、
 パートナーに、
 「お前はあくまで女(受け入れる側)なんだ」って、
 行為を通して繰り返し自覚させられるのに対して抵抗があったんだよね。

 好きな相手にほど、
 私は何かを「されたい」じゃなくて「したい」って感じる。
 でも「~して」って要求されるとすごく冷める。
 求められる事自体が嫌いなんじゃなくて、
 対等性を保たせてもらえないのが嫌いなんだと思う。
 一番生々しい触れあいの中で、
 生理的な問題としての「男」と「女」の差はそのままに、
 日常の中染み付いてしまった社会的な「男女差」から、
 その時くらいは開放されていると実感したいんだよね。

 まぁ、私の場合それだけじゃなく、
 趣味もちょっと偏っているからorz
 好きな相手にそれをさらけ出すのってすげー勇気いるんだけど・・・ 
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# by noctiluca13 | 2008-07-30 19:20 |

おばあちゃんに

 「人を描くのが好きなのねあんた」
 って言われた。

 好き嫌いで分けたら、
 私は本当は花とか虫とか動物を好きだと自分では思ってる。
 特に花には魅せられる。
 でも花を見る時、
 描きたいと思うのは実際の姿形というよりは、
 放っている芳香の方で、
 花をスケッチしている間は集中しすぎて、
 ふと気付くと目の前の花に話しかけていて、
 冷静に考えると危ない人臭いので、
 正直人には見られたくない・・・w

 紙と鉛筆、
 支持体と筆と絵の具を媒介に、
 花や虫と何かを共有できる気がする。
 それは、
 ただその場に、
 同時点に「在る」って事実そのものかもしれないし、
 とても説明しがたいけど、
 でも近くなれる気がするんだ。
 その感覚は顕微鏡で培養して染色した微生物や、
 植物細胞の断片を観察する時のそれとは違って、
 もっと、
 同化してく感じで、
 単純に心地よくて、
 気付くと話しかけてるww

 おばあちゃんが「好きだねぇ」と言ったのは、
 人物画を頻繁に描いているから、

 人物画とは言っても特定の誰かを描く事はほとんどしない。
 気に入った雑誌の写真を元にすることはたまにあるけど、
 目の前の誰かを描く事はしない。
 絵にする対象として、
 実在の人間に、
 私は花より興味がないんだと思う。

 人を描こうと持ったら、
 誰かを描こうと思ったら、
 一枚の絵なら具象的なものは描けない。
 抽象的な、
 形も掴めない様な絵になる。

 欲を言えば、
 描きたい人が一人だけいる。
 叶うならその人の絵だけを何枚も描き続けたい。
 細かく変化する感情を追いかけて、
 究極的には、
 その人以外の誰かを具体的なモデルとして、
 目の前にして描いたりしたくない。
 その人以上に興味を抱いている相手が存在しないから、
 花を前にした時のような「没頭」は出来ないとわかっているから、

 だから私は人物画に関しては脳内のイメージばかりを描いてる。
 特定の誰かじゃなく、
 あくまで「感情」の表現手段として、
 「表情」を使う。
 「人を描くのが好き」なんじゃない。
 「感情を描き止めるのが好き」なんだよ。
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# by noctiluca13 | 2008-07-30 18:45 | art

啓蒙書って好きだなぁ

 最近、卒研とか個人的な興味とか相まって、
 科学関係の啓蒙書を読む機会が増えているんですけど、
 もっと早くに、
 10代の頃に、
 こういう類の本を読んでいたら、
 大学進学の際の選択を別の形でしていたかもなって、
 ふとそう思いました。

 啓蒙書の中には「似非本」も多いと思う。
 良書の選択って難しい。
 やっぱりネット上のレビューを頼る事もそうだし、
 可能なら図書館とかで実際手に取って斜め読みして、
 著者の意図を汲む事をするべき。
 
 まぁ、科学に関しては、
 実績(功績)から世界的に高い評価を得ているような人が、
 真摯な態度で書いた本であれば、
 購入して読んでも損はしないと思うけれど、

 ただ、
 科学は分野が広いから多角的な視点って言うのは失うべきじゃない。
 「~科学」って名前がついているそれぞれは、
 利便性の問題か専門性追求の問題か、
 それこそ立場によるのかもしれないけれど、
 カテゴライズされていても切り離されているわけじゃないから、
 「~科学」の「~分野」の専門家は、
 自分が専門に研究している分野とは一見関係ない分野にも、
 一流であるほど見識が広いと思う。

 凝り固まった思考じゃ新しいこと、
 革新や前進はできないからね。
 
 私は大学を卒業後、
 今のところどの分野でも科学者になる気はない。
 興味を失ったんじゃなくて、
 他の事への関心のが強いからって言うのが理由だけど、
 啓蒙書を読んでいると、
 または科学の良書に出会うと、
 今やりたいと思っていること、
 実際には向き合って戦っている最中の夢を、
 満足行くまで追いかけたら、
 もう一度立ち戻って、
 院に行くなり、
 専門を変えて大学に再入学するなりしてもいいなって、
 ちょっと思う。
 
 
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# by noctiluca13 | 2008-07-30 18:04 | 読書

ドーキンスの本

 えー、途中を飛ばして8章辺りを読んでます。

 確かに啓蒙書としてはね、
 宗教を持っている国の人にとっては、
 「うひゃぁっ、そんな事大々的に貴方が言っちゃうの?!」
 なんだろうけど、
 日本人には一部の人達を除いて別に必要ないと言うか、
 なんの目新しさも感じられないのよね。
 特に戦後世代はさ、
 宗教をもう慣習以上に捉えてない人ばかりだと思うし、
 実際現行の憲法に改正された際に、
 完全に政教分離をさせられてるわけで、
 とは言っても○○学会とか政治とか芸能界とか絡んでるけどさ、
 そういう家庭が大多数を占めているかといったらそういうわけじゃないし、
 無宗教、無神論なんて欠片も珍しくないこの国は、
 でもこういう本を読むと、
 世界の中では「とっても珍しい国」なんだよなぁとは思わされる。

 アメリカはキリスト教信仰に対して異常な執着を見せてるし、
 そのお陰でイスラム国家とのいざこざがたえなかったり、
 とても自分勝手に偏った目線で中東の国々の信仰を非難する。
 それはすごく失礼な事だし、
 そういった偏見を声高にさも正しく素晴しいことみたいに、
 力でもって主張するのはとても愚かしいというのに、
 アメリカはそれ以外のやり方をとろうとしない。
 ちょっと気に入らないとすぐテロ予備軍みたいな批判の仕方をするし、
 ドーキンスが指摘している、
 「信仰を信仰している」って言うのはどちら側にも正しく、
 それが事実である限り争いがなくならない。
 それは「相手の心情を尊重する」なんてことは、
 彼らにとっては「有り得ない事」だって言い換えることもできると思う。

 国や宗教がそれぞれ互いから隔絶された世界ならともかく、
 経済的にも資源循環的にも関り合わずにいられないのが現実なんだから、
 もうちょっと柔らかな妥協点を見つけるべきなんじゃないかな、

 それにさ、
 アメリカは核で日本に「神道」を実質捨てさせたでしょ、
 まぁ「神道」言っても、
 実際には政治的に作り変えられた「似非宗教」だったわけだけど、
 戦争や核その他の軍事的圧力や経済的圧力で、
 異教弾圧を図るのは明らかに間違ってるけど、
 ドーキンスが「妄想だよそんなの、捨てちゃえよ」って、
 そう言ってるのはさ、
 「もう『神様』の存在より自分達が危機的状態にあるって気付けよ」って、
 そういうことなんじゃないのかな?
 信条の問題で無益に争ってる間に世界が壊れちゃう、
 ドバイはその辺り上手くやってるよね、
 実際には彼らが異教徒をどういう目線で見てるかなんて分からないけど、
 少なくとも「経済的発展を取る事」を優先して、
 爆発的に発展したのは明らかな事実だし、
 そういう意味では戦後の日本の高度成長期と似たり寄ったりなんじゃん?
 「宗教」とか「神」とかいう見えない鎖から自由になると、
 現実世界の中で急成長できますよって、

 まぁ、ドーキンスの本はさ、
 多神教信仰も宗教というよりは哲学よりって言ってるし、
 日本を「あっこはややこしくなるから置いておこう」って感じだから、
 できれば次は思い切って日本を検証してみてほしいよ。
 「無神論者のパラダイス」みたいな感じでw 
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# by noctiluca13 | 2008-07-28 13:41 | 読書
 映画「華氏911」のタイトルの元になった本。

 アメリカで授業の課題で読まされて、
 ついでに実写映画化もされているので一部見せられたんですけど、
 白黒の映画なのはともかく、
 ちょっと古い本なんで、
 話の中で描かれている架空の世界が、
 出版、映画化当時では「未来予想図」だったのでしょうけど、
 現実がその設定を追い抜いてしまっているので、
 本はともかく、
 映画の方がどうにも滑稽で、
 当時はねぇ、
 興味全く持てませんでした。

 主題は「censorship」で、
 タイトルの「華氏451」っていうのは、
 紙に火が着く温度のこと。
 (日本は華氏をそもそも使わないので、摂氏に直すと約233℃です。)
 政府がありとあらゆる情報を規制、コントロールするのに、
 本という媒体が邪魔になるからって、
 その国の本が根絶やしにされたって設定だったはず。

 実際ね、主題自体は深いんですよ。
 行き過ぎた検閲のもたらす弊害と、
 人間らしさや社会・政府のあり方を問う内容だし、
 それは現代にも十分振り返る価値のある、
 というか現実はこの本が出た当時なんかより、
 よっぽどシビアだと思うし、
 そこを考えて読むと傑作だよなぁと思う。

 マイケル・ムーアがこの本から映画のタイトル拝借したのも、
 「あ~、うん、分かる②」って感じたし、

 でも私はあらためて読み返す気にはならないんだよね。
 「何を訴えているのか」が、
 分かっちゃってるからもういいやって感じ。

 再読は好き好きだと思うけど、
 一度読むには損はないと思います。
 良書なのは確かだから、

 現実を皮肉ってる感じはガリバーみたいなものだと思う。 
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# by noctiluca13 | 2008-07-27 23:02 | 読書
 危うくて怪しくて沢山の比喩で包まれたその深層を、
 メロディーと声が伝えてくる彼の曲達。

 一番最初に彼の存在を知ったのは、
 アイ・アム・サムの挿入歌になっている、
 元々はジョン・レノン(ビートルズ名義だったっけ??)の、
 Across the Univers のカバーでした。
 オリジナルも聞いてみたけど、
 私はルーファスのバージョンのが好きで、
 ついでにこの曲のMVがまた良くて、
 ダコタ・ファニングが赤い風船持って、
 なんか不思議な路地でルーファスを探してるんですけど、
 とにかくダコタちゃんが可愛いのと、
 全体的に色見を抑えられた建物その他背景の中に、
 真っ赤な風船がなんとも言えず美しくて、
 ルーファスの声や表情が幻想的な雰囲気をさらに上げていて、
 当時MVをビデオに録画して何度も見たので、
 今でも大部分を鮮明に覚えています。

 オペラとかクラシックの影響を強く受けているので、
 ポップなんだけど個性が強く、
 アルバムとか、好き嫌いは別れるだろうなぁと思うけど、
 ハマるとヘヴィー・ローテでかけて、
 とにかく揺ら揺らと曲の、声の、歌詞の、世界に浸りたくなる。
 ロッキング・チェアでうたた寝するみたいな、

 想像(妄想?)力をね、
 掻き立ててくれるんです。
 現実世界から少し切り離してくれる。
 とても心地いい時間をくれる。

 歌詞は、
 できれば日本語訳を読まないで欲しい。
 (訳者の方に文句があるわけじゃないですよ!)
 そうじゃなくてね、
 「英語だから何言ってるのかわからない」
 のであれば、
 それはそれで良しにしてとにかく絵画を見るように、
 自分の感覚で鑑賞してほしい。
 そして、
 一体彼が何を表現しているのか気になったら、
 自分で辞書引くなりして訳してみて。
 聖書とか、神話の知識が必要だから、
 メタファーは理解できないで悩むかもしれないけど、
 細かいことをつつくんじゃなくて、
 本当に、感覚で気持ち良く聴いてもらいたい。 
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# by noctiluca13 | 2008-07-27 22:30 | art