Valeが大好き☆な私の日常ですw


by noctiluca13
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狂気とborder

 あっ、最初に言っときます。
 くっらぁい話書きます。

 今日、久々に頭に来て血が上るってのを通り越して、血が下がっていきました。
 プッツンしちゃいそうな気配を耳の後ろくらいに冷たく感じましたね。

 思うのですよ、人は、結構簡単に殺意を抱くのだろうと、
 自分自身も例外ではないです。
 時として殺意を覚えます。
 でも踏みとどまるんですよ普通の人は、吐き気をこらえるように必死に、感情が具現化して自分から飛び出してしまわないようにこらえるんです。
 それを支えるのってなんだろうなぁって考えてみて思うのは、絶対に倫理観とかじゃないなぁと、そんな安っぽいものじゃ人はきっと負けてしまうんじゃないかなぁと、
 倫理観なんてものは社会が社会として成立するために要請しているところが大きいでしょう?
 「人を殺しちゃいけません。」
 簡単なこの一文が、何故正当性を保持し続けられるのか、正直、きっとみんなよくはわからないんですよ。
 「何故?」
 を問うとき、その答えがどこに帰依すればいいのか、本当は怪しいんですよ。
 むしろそれが怪しいからこそ
 「人を殺しちゃいけません。」
 ってのが成り立っているんじゃないでしょうか?
 だって、一見絶対的な決まりごとのようでいて、実際は違うじゃないですか。
 戦争止めないでしょ世界は、人は、集団を形成した時からずっと、争うことは止めないんですよ。まるで自分達の共通ルールを自ら壊したがっているかのように、社会という構造そのものを否定するかのように、殺し合いを止められずにいる。
 時が違えば、場所が違えば、状況が違えば、それとも生きるためなら?
 理由なんて後付なんですよ。
 行動しているときにはどんな大仰な理論も忘れ去っているんだから、
 
 私は傷つけあうのは嫌いです。
 殺し合いなんて無駄なことは大嫌いです。
 誰かに殺されたくもありません。たとえどんな理由があろうと、どんな理由もなかろうと、勝手に終わらせられたら迷惑です。
 それと同じように、私が大事だと思っている人達を傷つけられたり、殺されたりもしたくない。
 だから私はなるべく人を傷つけない努力をする。
 だから私は理不尽な行為に時に人に殺意を覚えたとしてもそれを抑え誰からもその人がそこに在ることを奪わない。
 
 幸いにも私は失いたくないものがちゃんとあるんです。
 自分自身と自分以外の人や場所や物。
 それって本当に私を安心させてくれる。
 だって私を境界線のギリギリで繋ぎとめてくれるそれらのものを失ったら、私はもう自分を含めた一切のものに価値を感じられなくなってしまう。
 対面じゃなく、内側に狂気と冷静さを隔てる要素が人には必要なんじゃないでしょうか?

 でも現代社会は、その便利さは、空虚なもんですよね。
 私達は一体、どこに行きたいのでしょう?
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by noctiluca13 | 2005-12-29 02:38 | 景色